韓国語の学校・ひろば語学院横浜関内校・生徒さんの声

生徒さんの声


Y.Yさん

韓国との出会い私は20053月にひろば語学院と出会い、横浜校で韓国語の勉強を開始。あっと言う間に10年が過ぎました。最初のきっかけは「冬ソナ」「ヨン様」でしたが、しだいに韓国文化そのものに惹かれるようになりました。 2009年頃からは韓国俳優「キム・ミョンミン」を応援する「ミョン活」と称して、彼の能弁なインタビューをすべて翻訳しては自分のブログに上げるという翻訳作業に楽しさとやりがいを覚え、その「ミョン活」をベースに、今では韓国の友人や日本の友人も信じられないほど増えました。自分の人生の中で韓国とのつながりはますます深くなってきています。両国の政治的問題が悩ましい昨今ですが、「人と人が知り合い理解し合えばなんてことないのに」と思わずにはいられません。人と人が理解し合うために必ず必要な「言葉」。その「言葉」の表面的な意味だけではなく、その裏にある情緒や文化の違いを理解してこそ、人は初めて理解しあえるのだと思います。そして、それを力強くサポートしてくださる「ひろば」横浜校の李先生。今では「ひろば」で毎週李先生と韓国語でお話しすることが自分の生活の中でとても大切な時間となりました。 ところで、数ある韓国語教室の中から私がなぜ「ひろば」を選択したか、ですが・・・ 語学の苦手意識を克服し韓国語をなんとしても自分のものにしてドラマや映画を字幕なしで見たいと強く願ったからなんです。そのためにマンツーマンで集中的に勉強すれば何とかなるのではといういささか甘い考えと、自らを勉強せざるを得ない環境に追いこもうとした自信の無さからでしたが、人生で最高の選択をしたと今はその時の自分を褒めてあげたいと思っています()

 

Y.Oさん

韓国語を勉強し始めた理由を聞かれたら、私は、「好きな歌手が歌う歌詞の意味を知りたくて始めた」と答えていますが、本当は違うんです。もちろん、それは韓国語の勉強を続ける理由の一つではありますが、始めた理由は実は別にあります。 日韓共催Wカップの年(2002)、会社の先輩と韓国旅行へ行った時に高速ターミナルの地下街のキムパプ屋さんでぼられたことが、きっかけでした。 ぼられた事は、頭にきましたが、不思議と韓国が嫌いになるような事はありませんでした。それどころか、行く度に好きになる韓国。 どっぷり韓国にハマって、10年以上!今でも長く細く韓国語の勉強を続けています。

 

A.Sさん

私が韓国語を習い始めたきっかけは、日本語学校で韓国人の学生に接したことです。授業中は日本語しか使わないことになっていましたが、休み時間は教室中で韓国語が飛び交っていました。それが何を言っているのか皆目わからなくて、少しはわかればいいなと思ったこと、また、日本語を教える上で学習者の母語を少しでも知っていれば役に立つかもしれないと思ったこと、そんなきっかけでした。

最初は本を買って来て独習で始めましたが、すぐに限界を感じ、「ひろば」に通うことにしました。「ひろば」でいちばんよかったのが、オリジナルの教材で不規則動詞の活用や不規則な発音のルールを系統的に学ぶことができたことです。いまだに完璧にマスターしたとは言いがたいのですが(それは、ひとえに自分の努力不足と実力不足にあります)、その時まとめて学習しているので、あとで忘れても、ああ、これはこうだったと思い出すことができます。

「ひろば」に通い始めてはや10年が過ぎ、覚えることより忘れることのほうが多い年齢になってしまいましたが、先生の励ましのおかげで細々と、でも楽しく続けています。

最近趣味で韓国の小説の翻訳を試みていますが、この点でも先生には大変お世話になっています。辞書や文法書を当たっても意味のわからない言葉や表現、あるいは韓国独特の慣習などについては、ネイティヴの先生に伺うと、疑問はたちどころに氷解し、適切な日本語訳までヒントをくださるので、本当に助かっています。

私には、10数年まえからメールをやり取りしている韓国人の友だちがいます。現在は韓国語でときどきメッセージのやりとりをしたり、たまには電話で話したりしています。年下なので、私のことを「オンニ(お姉さん)」と呼んでくれるのが、恥ずかしいような、うれしいような……。以前は韓国に行ったときに自宅を訪問して食事をいただいたり、日本への団体旅行の途中で再会する機会があったりしましたが、ここ数年は直接会う機会がありません。もう少し会話の力をつけたら、また会いに行こうと思っています。

このように、韓国語を学習することで、知らなかった世界を知ることができたのが、本当によかったと思います。これからも、頭が確かな限り、続けて行きたいと願っています。

 

 

 M.Tさん

91年に大韓航空に入社した際には、韓国語で挨拶もできなかった私
当時は韓国語を勉強できる場所、教材は日本に少なく、2002年の「日韓ワールドカップ」を機に、韓国への懐かしさから韓国語の勉強を始めました。
映像翻訳の仕事を始めたのは今から約11年前。
当時は映画好きなこともあって、とにかく韓国の映画やドラマを観まくりました。
幸い私の場合は、韓国語を勉強しているという感覚は全くありませんでした。
いつのまにか、体に染みついていたという感じです。
これも、
우리 사랑하는 언니 李恩美先生のご指導のおかげだと思っています。
現在は仕事として映画やドラマを翻訳しながら、新たな韓国の文化、言葉、魅力を発見、そして勉強しています。

 

K.Fさん

韓国語の勉強を始めてはやその間、いろいろな学校や個人レッスンを渡り歩いて来ました。少人数のレッスン、大学教室での講義のようなレッスン、カフェでの個人レッスンetc. そんな韓国語教室放浪者だった私が漸くたどり着いたのは、横浜ひろばの教室、李恩美先生でした。 レッスン始めの何気ない日常会話の中からも、必要な文法や慣用表現、派生語まで丁寧に解説していただき、自分の苦手なところも根気よく説明していただけるのは、個人レッスンの最大のメリットだと思います。 教材はテキストもあれば最新のネット記事まであり、話題も韓国エンタメから、ちょっと難しい政治まで幅広く網羅されています。 そして、レッスンで扱う文法や慣用表現などの中には、韓国ドラマに出てくるような俗語から、試験対策になるものまで多岐にわたっています。 私は諸事情により2年以上韓国語学習を休んでいました。その間も、ずっと勉強は継続したいと思っていましたが、完全に韓国語から離れた生活をしていた為、そのブランクが再開当初不安でした。 でも、ひろばで先生のレッスンを再開し、今また韓国語学習の楽しさを実感しています。多分ひろばでなければ、ブランクを顧みず、再開しようとは思わなかったでしょう。 これからも、自分のペースで続けていきたいと思っています。

 

A.Tさん

ほっぺが落ちるほど美味しい、」という表現を、韓国語でなんと言うか知っていますか? 韓国語では「二人で食べていて、一人が死んでもわからないくらい美味しい」と言います。
韓国語を習い始めて少し経った頃、この表現に出会い、なんとふざけた言語なんだろうと思いました。
でも同時に、このユーモラスな言語にどっぷりとハマりこんだ瞬間でもありました。
子どもの頃、雑誌の付録についていたなぞなぞの本の、暗号解読モノが大好きだった私。
何て言っているのかわからない、何て書いてあるのかわからないモノがわかるようになる喜びが、語学学習の醍醐味だと思うのですが、これがまさに暗号解読と同じ。
けれども考え方や表現力の違う言語を理解するのは本当に難しいこと。
私もいくつかの言語に挑戦しては、破れることを繰り返していました。 そんな私が2002年のワールドカップの時に、初めて韓国語に出会いました。
それまでの私にとっては、韓国=ぼったくり=怖いというイメージであり、韓国語は北朝鮮のアナウンサーが民衆を鼓舞するように語りかける言葉か、タモリのモノマネでしか触れたことのない言語でした。
ハングル、という文字を、暗号を解くみたいに解読し、アルファベットでできているのだ、ということに気づいたときのヨロコビ。
この言語は攻略できるかもしれない!と感じたのでした。
やっと読めるようになり、辞書が引けるくらいの実力で初めての渡韓。
辞書を引きながらつたない韓国語で話す私に、怖いと思っていたソウルの人々はとても優しく、暖かく接してくれて、次はもっと話せるようになってから来て、もっと歓迎されたい!と思ったのでした。
けれども、今日のように韓流ブームは来ておらず、普通に生活していて韓国語に触れる機会はほとんどなかった頃。
一年ほど独学でさまよった末に、ひろば語学院にたどりつきました。
シャワーのように浴びているうちにできるようになる、と謳っている学習法もありますが、やはり語学は、間違っていることを正してくれる人、わからないことを教えてくれる人がいてこそ、早く正しく習得できるものです。
そして教えてくれる人は威厳があってちょっぴり怖いところもあるほうがいいと思います。
ひろば語学院の李先生は、まさにそんな指導者です。

 

M.Kさん

ひろばにお世話になってから早10年!! 韓国語を勉強するきっかけは、不動の韓流スター、ぺ・ヨンジュン。2004年春の初来日の時、衝撃を受け、その夏友人から冬ソナ・ロケ地巡りの旅行に誘われたのがきっかけです。挨拶くらいは覚えていこうと思い、初めは独学で韓国語をかじってみたらとっても面白かったんです。韓国語ってすごく論理的で取っつきやすかったんですね~ もう少し深く韓国語を勉強したいと思い、翌年からひろばにお世話になることになりました。 ある程度言葉がわかるようになると、イベントに行っても通訳さんなしに話が伝わり、俳優さんや歌手の方がとっても近く感じることができます。韓国旅行の時も地元の人との関わりが楽しくなりますね。何より綺麗な韓国語を話されるヨンジュンさんの言葉が直に耳に入ってくるのは幸せな気分です。ひろばでは韓国の文化も絡めながら教えてくださるので、韓国という国をより近く感じることができるようになります。 個人的には今は多忙で、韓国語は伸び悩んでいますが、『継続は力なり!』を信じてやっていこうと思います。

 

Kさんご夫妻

ご主人>>>

私の生まれて初めての訪韓は旅行では無く仕事でした。
地方であった為,最終便を一人で金浦空港到着し夜の12時頃から2時間近く高速道路に乗り明るく照らされたハングルの看板が通り過ぎたのを覚えています。 韓国語の全く出来なかった私はタクシーの中で一言も喋れなかったこと,そしてその後の食事や地図などにも一人であったことも有り非常に苦労し悔しく思いました。

少し読み聞きが出来るようになった頃,夫婦でわざと日本人が絶対行かないようなお店に行きました。無難に注文を終えた時,お店の方が物凄い早口で私たちに何かを言いました。
二人ともあまりの早さに困っていたところ隣に居た大学生のひとりが内向いたまま目も合わせず一言だけ日本語でいいました。  酒だよ
私たちはお酒を飲みませんが韓国では私たちの頼んだ食事はお酒といっしょに食べるのがポピュラだと後から知りました。

ここで学んだことは
・今は中国語だが日本語を学んでいる若者も多くいること
・反日感情は年齢の高い方が多いと思っていたが若い方でもいるということ
・でも根本的にはやはり親切な方が多いことに変わりはないこと

日本人が来るのが余程珍しかったのか、お店のお爺さんが会計の時に出て来てくれました。
お爺さんは戦時中に日本語を勉強させられたとのことで片言の日本語で喜んで話してくれました。
もし、この場所が日本で逆の日本人だったら? まず日本の大学生は話しかけることはなかったでしょうし,お爺さんもはたして出てきたかどうか?
仕事でもそうですが、有る程度言葉も分かってくると文化や歴史,考え方の違いについても非常に興味が湧いて来ますし知りたくもなってきます。

ひろばが他の語学学校と一番違うところはどこか? と聞かれたら他の語学学校は言葉を教えればそれで終わりという雰囲気がありますが、ひろばは語学を通じて韓国文化そのものを知って欲しいというポリシーや熱意をヒシヒシと感じます。
是非一度お越し頂き体験して頂ければと思います。

奥様>>>

私が韓国語を習うきっかけはある人の一言でした。
『4月から韓国語の入門コースが始まるので、どうですか?』
カルチャースクールで英会話クラスのキャンセル待ちをしていた私に担当の人は言いました。
元々・英会話を習いたいと思っていた所に訪れたその機会に私は余りに軽く浅い考えで飛び込みました。
一年で終わる入門コースを二年間 なかなかやる気も伴わない中で突然閉講を告げられました。
そんな時,主人の仕事の中で韓国とのつながりが深くなった事もあり韓国への旅行が実現しました。
閉講から半年後の事でした。
人生2回目の韓国は前回とは全く違って見えました。
ハングル文字の看板,韓国の空気,現地の人達の温かさに触れ
『もっと真剣に韓国語を勉強したい』 『何より韓国語を話せるようになりたい』
今まで感じなかった大きな心境の変化と共に帰国しました。

その後も「韓国熱」は冷める事無く,数カ月後には「ひろば語学院」の扉をたたきました。
ここ「ひろば語学院」では韓国語の勉強はもちろんですが、韓国の事をもっとたくさん。
もっと深く学ぶ事も出来ます。
授業で先生の話す言葉を聞く事で耳が慣れて来て韓国語の響きが心地良く聞こえてきます。
けれど今でも単語をなかなか覚えられない事もあるし、ミスもたくさんします。
思う様に出来ないもどかしい思いをある時先生に話しました。
「人それぞれにペースがあるから気にしなくてもケンチャナヨ(大丈夫)!」と明るく言って下さった先生の言葉に励まされました。
おかげでモチベーションが下がることもなく,前向きに勉強に取り組めています。